ジェームズ・ボンドは来ない(松岡 圭祐)の感想/ブログ

今回は、ジェームズ・ボンドは来ない(松岡 圭祐)の概要と感想をご紹介します。
本の概要
| タイトル | ジェームズ・ボンドは来ない |
| 著者 | 松岡 圭祐 |
| 発売日 | 2015年11月25日 |
あらすじと物語の紹介
小さな島の大きな奇跡。興奮、涙の感動実話!新事実と資料画像満載の改訂版
瀬戸内海の小さな島が挑む、映画『007』ロケ誘致活動に女子高生の遥香も加わった。島が少しでも発展すればとの思いからだった。署名運動や“ボンドガール・コンテスト”、記念館設立など、プレハブ小屋の直島町観光協会が主導する活動はすべて手作り。だが、やがて署名数は8万を越え香川県庁も本格的に動き出す。ついには映画会社から前向きな返事が届き島は熱狂するが……。2003年以降、直島を揺るがした知られざる感動の実話。単行本にはなかったロケ誘致運動当時の報道など数多くの画像に加え、著者による序文「まえがきにかえて」も初掲載!追加取材によって明らかになった事実も組み込んだ改訂版!!
読書記録
- 読了日:2025年11月17日(月)
比較的あっさりと読めるタイプの本で、11/16~11/17の2日間の隙間隙間で読み、読破。
感想
とある日にBook Offの110円コーナーで、偶然出会ったこの本。
著者の松岡 佳祐さんの作品を好んでよく読んでいることからたまたま手に取った本でしたが、読んで良かった、と思えるすっきりとした読後感が味わえる作品でしたね…!
まずこの物語の最大の特徴は、「事実を基にした作品」であること。
普通こういう言い回しをしている物語は、基本のベースとなる”事実”はあれど、概ねフィクションであることが多い印象ですが、筆者による序文「まえがきにかえて」を読んで、この作品に限ってはそれが大きく異なることを知りました。
どうやら作中の出来事は、ほぼほぼ事実だというのです。
何が”ほぼほぼ”に当たるかと言うと、著名人以外の氏名を偽名にしている点、とのこと。となると、実質この作品で描かれている物語はノンフィクションである、というわけです。
まえがきを読んで「ふんふんなるほどね~」と思いつつページを進めていたのですが、あまりに”物語的”な展開が多く、「本当に事実なのこれ!」と驚かされることにはなりましたね!笑
島を挙げて、他の県も巻き込んで、実に数万ほどの署名を集めることに成功したり。
主人公のお母さんが実は芸能界を目指してテレビ出演をしていたことがあったり。
偽物のソニー社員に騙され、県からは見事な責任逃れをされたり。
こんなに見事に、夢を見て、追いかけて、挫折する物語が、事実として存在しているとは。
ニュースになったり、新聞に記事として出たりした出来事のようですが、当時せいぜい小学生頃だった私は、その一連の出来事を何も知りませんでした。
世界には、いやいや日本に限っても、私の知らない出来事が、まるで物語のような事実が日々こういうふうに起こっているんだな…と改めて思わされる作品でもありました。
作中では、最終的に映画の誘致は失敗。でも、主人公の遥香がその心情のままに書き綴った手紙により、ちょっとした”奇跡”が起こります。
夢破れ、その現実の厳しさに散々直面したあとに、粋な救いがあった。
この事実一つ取ってしても、やはり「事実は小説よりも奇なり」と思わずにはいられません。
いずれにせよ、最後の”救い”、そして主人公遥香の心情を受けて、すっきりとした、気持ちの良い読後感を味わえました。読んでみてよかった。
印象に残ったポイント
直島について
今作で描かれていた映画誘致活動はもとより、舞台となっている瀬戸内海に浮かぶ島・直島について、お恥ずかしながらこの作品を読んで初めて知りました。
この本が世に出たのは実に10年以上前のこと。となると当然のように直島の”今”が気になって調べてみると、この物語の状況から変わったり変わっていなかったりすることが色々とあることが分かりました。
変わっていたこと
- 直島町観光協会の公式HPが誕生していること
- 他の自治体のHPと比べても、見やすく探しやすい!
- スタッフブログを見る限り、2016年にリニューアルされたのだそう。
- 9年前からこのデザイン・運用で実施されていることに、驚き。(9年前のWebサイトはもうちょいゴリゴリCSS感が強いものが多いので…)
- ”アートの島”として地位を確立していること
- 作中でも”アートの島”としたい、という意図が見えていたが、現在においてはもうその地位は確立しているように見える
- 007「赤い刺青の男」記念館が閉館していること
- 2017年のスタッフブログより、平成29年2月末日をもって閉館していることが判明
- 理由は「施設や展示物も傷みが目立ってきたため」とのこと
- 作中でもあったように、手作り感が強い施設故に傷むのも早い上、修繕コストも馬鹿にならなかったのかな…と推測
変わっていなかったこと
- 家プロジェクト存続
- 作中で何度か登場していた”家プロジェクト”は今も存続していた!
- アートプロジェクトの一環として、現在は7軒が公開されているらしい
- 確かに今の時代にも合いそうだとは思う
- ベネッセハウス存続
- こちらも作中に何度か登場していたベネッセハウス。今も元気に営業中!
- 今でも良い口コミが絶えない、人気の施設の模様
- 周辺の美術館も引き続き営業中(作中でGANZみたい、と言われていたあれもあるらしい)
- セブンイレブンなおしま店
- 物語のラストでようやく誕生した、島唯一のコンビニ、セブンイレブン。
- 今も唯一のコンビニとして元気に営業していた!
離島への旅行や、離島移住などが話題に上がることも増えた現在。
直島もそういう流れに乗って、遥香が願ったように発展を続けているんだな、というのがよく分かるような情報が次から次へと出てきて、より一層興味が湧きましたね…!
私自身はアートを解さない無粋な人間ではありますが、いつか直島を実際に訪れてみたいと思わされました☺️
遥香のたどり着いた心情について
もう一つ心に残ったのは、主人公遥香がラストで、臨月のお腹を抱えてたどり着いた、その心情。
都会のキラキラや007のスマートな世界に憧れ、夢を見て、受験や進路に迷いつつもぶつかり、そして映画誘致活動が儚く散った、そんな青春を過ごした後に得た平穏。
その中で語る言葉が、すっと心に滲みるようなあたたかさがあって、とっても良いな、と思いました。
わたしたちは学び、前へ進んでいく。ブランド化という突発的な特効薬に恵まれなくとも、日々わずかずつでも発展しつづける。種芋を植えてから三年もかかる蒟蒻みたいなものだった。それも植えっぱなしではなく、秋に収穫、春に植え付けを繰り返さねばならない。世話が焼けるのがわたしたち、片田舎の島民だろう。でもその手間はみずからかける。だからこそ成長の機会に恵まれる。
すなおなまま、より満たされた暮らしを築きあげていきたい。この子の将来のためにも。
日々わずかずつでも発展し続ける、というのは人も、街も同じ。
本作は直島という島での人生を描きますが、結局東京にいるこちらとしても大して変わることは無いのだと思っています。
自ら手間をかけながら、日々わずかずつ、でも着実に前に進み続けること。
それこそが、より満たされた暮らしを築き、次の世代がより幸せになる秘訣なのだと、深く共感しました。
総合評価
序盤は登場人物が入れ替わり立ち替わりで、なんだか展開も早くすーっと過ぎ去ってしまう印象があったものの、後半遥香の心情とともに物語を追い始めてから、程よく心に残り、じんわり滲みてくるような良い物語でした。
また読み返したいと思います。


